あしたもよかった

2018年2月27日
「あしたもよかった」

何かをぼーっと眺める時間
少なくなってきたな
と思う
例えば
電車の移動中
車窓を流れる景色を見たり
中吊り広告をぽけっと眺めたり
斜め前に座る人の寝顔をこっそり観察したり
目は開いているのだけれど
気づいたら何も見ていなかったり
そんな何をしているのでもない
たゆんとたるんだ時間
一言で言うなれば「暇」な時間が
携帯電話のおかげで見事になくなった
時間は手軽に潰せるようになった
エレベーター待ち
待ち合わせ相手の遅刻
出て来る料理の遅さ
あまり気にならなくなった

だけど何だろう
この寂しさは

街中にあった空き地
季節毎に様々な雑草がやんちゃに生えて
夏には虫の声がしゃわしゃわ聴こえていたあの空き地にある日
○○邸建築予定
という看板が立った
あれを発見したときのような寂しさ

ぼんやり何かを眺めるって
実はとてつもなく大切な時間だったのじゃないかと
ふと思う

「あしたもよかった」
森山京 作
渡辺洋二 絵
小峰書店

あさ
くまの子はぼんやりと川のふちに座っています
ただぼんやりと足湯のように
すると
なんだか川のせせらぎがささやいているように聴こえて来るのです
最初はきつねくんきつねくんと
きつねのことを呼んでいるようにきこえます
可笑しいなとくまはニッコリ
次はうさぎのことを呼んでいるようにきこえ
またまたニッコリ
時間はのんびりのんびりと過ぎていき
読んでいるこちらもそれならば
と腰を据えて
じっくりと観察することにします
まるで小さい子と公園を散歩するときのように

耳をすますくまのこ
そしてやっとのこと「くまくんくまくん」と聴こえてくると
「よかった。ぼくのこと、うたってる」
とくまのこはくすくす笑うのです
くまのこだけの世界が確かにそこにあって
じっと眺めないと外からは見つけられないその特別な世界を
特別に覗き見させてもらっているような不思議な感覚にさせてくれます

立ち上がったくまのこ
今度はひらひら舞う蝶の真似をして目をつぶり駆け回る内に
頭で蜘蛛にぶつかってしまいます
ぶらぶら揺れる蜘蛛の糸を
「ちぎれないで...、ちぎれないで...」とじっと見つめるくまのこ
揺れる蜘蛛の糸
一つ一つの出来事を
ゆっくりゆっくりと描く
ゆっくりゆっくりと観察する
じっと見守る
一緒に呼吸を忘れて糸の揺れを見てしまいます

ひる
疲れて野に倒れているひばりのこを介抱します
「くまのこは、ひばりのこをじぶんのほおにそっとおしあてました。
どきどきとむねのなるおとがかすかにつたわってきました。
いきてるってあったかいなあ」
小さな命のあたたかさを感じるくまのこ
(僕が命のあたたかさを初めて知ったのは
恥ずかしながら30を過ぎた頃
西荻窪から吉祥寺に坂を下っていると
目の前で車と衝突した黒猫
抱き抱えたその黒猫があたたかくて
同じように
命って温かいんだなと
知識ではないところで初めて知ったのです。)

そして夕方
帰り道で朝出会った蜘蛛と再会するのです...が
その際の出来事が
この絵本をただ可愛いくまさんのお話で済ませないところ
読み終えて本を閉じ
再び表紙を見たときに
ああ
と思わせるのです
森という自然環境の中で生きるということは
そうだねそういうこともあるねと
くまのこの澄んだ
好奇心のかたまりのような目を通して森の一日を体感する
目的があるって素晴らしいけど
目的がないのはもうそりゃ最高
個人的には
子どもは大人になるために生きているのではなく
子どもは子どもの今を生きているのだと思っている僕には
羨ましすぎる時間たち
足早に目的のために歩くことに慣れてしまった大人に
ゆっくりとした時間を切りとってくれる
特別な一冊
「あしたもよかった」
フランソワバチスト氏がご紹介致しました

ジョージア料理を食べに行く

2018年2月15日
ジョージア料理を食べに行く

 新年早々、日本の伝統・大相撲の灰黒色のもやもやを、えいやと投げ飛ばしたのは、栃ノ心関だった。本名、レヴァニ・ゴルガゼ。ジョージア出身の31歳。イケメンで角界のニコラス・ケイジと言われる。
 2006年3月場所・初土俵、10年には小結まで昇進したが、ケガで幕下55枚目まで転落。1から出直して、今年初場所の優勝を遂げた。春日野親方にゴルフのアイアンで殴られて部屋を脱走したこともあった。引退を考えた時は、親方に「バカじゃないか。あと10年は相撲を取るんだ」とドヤされた。

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ジョージア料理を食べに行く

記事提供:社団法人東京都トラック協会

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