ジェラール・シュレール 後編~常識の枠を超えるアルザスの革命児~

2012年12月26日
ジェラール・シュレール

フランスのアルザス地方にブルーノ・シュレールという男がいる。 彼の造るワインは、INAO(フランス原産地呼称委員会)やアルザスのグラン・クリュ委員会から、いつも目の敵にされてきた。 アルザスのワインといえば、「リッチな味わいでボリューム感のある甘口ワイン」や、「キリッとした酸味でシャープな味わいの辛口ワイン」が世界的に知られている。 しかし、彼の造ったワインは、それらのワインとは明らかに違うということで、常に折り合いが付かないのだ。 そんなワインを臆する事もなく造り続ける彼とは、一体どんな男なのか...。 何も特別なことはしていないのに、アルザスの革命児と囁かれるブルーノ・シュレール。

「美味しいワインは1日にして成らず」

1981年に家業を継ぐため蔵に戻って来たブルーノは、父との二人三脚で「昔ながらの伝統的なワイン造り」を実践していった。 彼は、「今のような近代的なワイン造りが行なわれるよりずっと以前、それも醗酵の仕組みが全く解明されていない頃から、偉大なワインがたくさん生まれていた。 それを今度は自分が造りたい。」と考えていた。 そんな1985年の秋に、いつものように収穫を終え、醗酵を始めたピノ・ノワールを買いたいという注文が入った。 それも翌年の2月に欲しいというのだ。 願ってもいない大口の注文に、ブルーノは急いで樽から直接瓶詰めをして、納期に間に合わせたのであった。 フィルターも通さず、酸化防止剤のSO2(亜硫酸塩)も添加せずに...。 それから5年後、その時のボトルが数本残っていたことを思い出したブルーノは、興味本位で開けてみることにした。 すると、口いっぱいに、澄みきった優美な風味が満ち溢れて、今まで味わったことが無い味わいのワインに変身していたのである。 まさに、目から鱗が落ちた瞬間だった。 彼は、自分が造ったワインの可能性に驚かされたのである。 それからというもの、ブルーノの「理想のワイン造り」は、本格的に始動し始めた。 1990年に収穫した「セレクション・ド・グラン・ノーブル」は、SO2(亜硫酸塩)を一切添加しないで5年間熟成させてみた。 ある年は、それぞれの品種ごとにノン・フィルターの実験を試みた。 とにかくブルーノは、「その年に収穫できたそれぞれのぶどうの個性を生かして、自分が納得出来る最高のワインを造る」ことしか考えないようになった。 だから、毎年厳しい選果作業を繰り返し、その年は生産を断念せざるをえないキュヴェがあっても、彼は当然のこととして受けとめているのだ。

ジェラール・シュレール ピノ・ノワール2011

ジェラール・シュレール ピノ・ノワール 2011(¥3,580)
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ジェラール・シュレール 前編~常識の枠を超えるアルザスの革命児~

2012年12月23日
ジェラール・シュレール

フランスのアルザス地方にブルーノ・シュレールという男がいる。 彼の造るワインは、INAO(フランス原産地呼称委員会)やアルザスのグラン・クリュ委員会から、いつも目の敵にされてきた。 アルザスのワインといえば、「リッチな味わいでボリューム感のある甘口ワイン」や、「キリッとした酸味でシャープな味わいの辛口ワイン」が世界的に知られている。 しかし、彼の造ったワインは、それらのワインとは明らかに違うということで、常に折り合いが付かないのだ。 そんなワインを臆する事もなく造り続ける彼とは、一体どんな男なのか...。 何も特別なことはしていないのに、アルザスの革命児と囁かれるブルーノ・シュレール。

「勉強嫌いの独創派」

このブルーノという男は、幼少の頃からじっとしているのが大嫌いだった。 少年時代は勉強する間も惜しんで、毎日毎日スポーツ三昧。 寒い冬でもサッカーやラグビー、そしてスキー等、とにかくじっとしていないのだ。 時間を見つけては遊んでばかりいるから、当然学校の成績は良いはずがない。 中学を卒業する頃になって、高校進学のために慌てて勉強するところを「僕は勉強が嫌いだし、父のように畑仕事をしている方が性に合っているんじゃないかな...」と、農業学校に進学することをあっさりと決めてしまった。 そして、ワイン造りの道に進むことになったのである。 農業学校では、教科書中心の文字通り机上での勉強がほとんどで、「ぶどう栽培はこうしなさい」、「醗酵の際はこうするべきだ」等と、通り一遍のワイン造りを一方的に押し付けられるばかりで、彼は強い抵抗感を持つようになる。 なぜなら、彼は父ジェラールの農作業を見て育ったからだ。

アルザスでは、1970年代に効率を重視する「近代農業」の波が押し寄せた。 ほとんどの農家が農業協同組合の勧めで、化学農薬を使用するようになり、それと同時に、大型トラクターを導入し始めた。 当然、どこの畑でもうねの幅を広げるためにぶどう樹を引き抜いて植え替えだしたのである。 こうして、アルザス中の農家がより効率の良い近代農業化を進める中、彼の父ジェラールは相変わらず除草剤を使わず、昔ながらの農機具を使い続けて、近代化には見向きもしなかったのだ。 ブルーノは今でも「素晴らしい師がついている」と自分の父を尊敬している。 彼が父から引き継いだ畑のひとつ「シャン・デ・ゾワゾー」のぶどうは全て樹齢40年を超えている。これはアルザスでは非常に稀なことなのだ。 ブルーノは、「農業学校で"普通のワイン造り"を学んだお陰で、ワインが面白くなっていった」と言う。 卒業研修の際、研修先になった地元の銘醸ワイナリーでは、毎日大樽の中に入って、亜硫酸溶液で樽の内側を掃除した。 亜流酸溶液が樽の中に充満して、目を開けることが大変で、とてもきつい作業であった。 この体験が、後に「ブルーノのワイン」形成へとつながっていくことになったのだ。

ジェラール・シュレール ピノ・ノワール2011

ジェラール・シュレール ピノ・ノワール 2011(¥3,580)
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