まちでさいごのようせいをみたおまわりさんのはなし

2020年8月28日
「まちでさいごのようせいをみたおまわりさんのはなし」

MAIN TENTの隣には
マンションのゴミ置き場がある。
先日、そこに一匹の若いネズミが、息絶えていた。
周りを見回すと、隣の民家の配電盤に齧られたあとがあった。
もしかしたら、感電したのかもしれない。
絵本屋に出来ることはこれくらいしかないと、穴を掘り、土をかぶせ、野の花を添え、そっと祈った。
うちには、ネズミの絵本だって沢山ある。

地面の下には、終わった命も、これから地上に出る命も、色々なものたちが眠っている。
イエラマリの絵本のように、断面で見られたらさぞ楽しいのだろうなと思う。
3歳の娘は、地面の下にも何やら世界があるらしいと勘付き、興味津々だ。
地面の下にはアリの巣があり、もぐらやミミズがいて、更にその下にはマグマが...絵本はそういうことも伝えられる。
子どもたちに、この世界の「真実」を丁寧に、そして美しく伝えるのは、絵本の大切な役割の一つだ。
そして同時に、
地面の下には地上とは別の世界があって、地底人や小人が住んでいたり、立派なお城だってある。
という、この世界のもう一つの秘密を伝えるのも、絵本の大切な役割だと思っている。
月までの距離は384.400キロメートルあるのも事実だが、幼い子どもに頼まれたお父さんが、高い山の上で長い梯子にのぼればひょいと月を取って帰れるというのもこの世界の真実なのだ。
これは、地面の下に住む妖精と
1人のおまわりさんの、本当の物語。

『まちでさいごのようせいをみたおまわりさんのはなし』
立原えりか 作
太田大八 絵
1976年
フレーベル館

よるの公園をパトロールしていたおまわりさんは、風もないのに動いているブランコを発見します。
そしてそこで、「しゃぼんだまをもってきたひとにおひめさまをおよめにあげる」
という小さな小さな、虫メガネで見ないと読めないような手紙をもらいます。
それは公園の地下に住む、妖精からの手紙でした。
結婚式は翌日の夜7時。
しかし、その日の朝おまわりさんは署長から、重大な事実を聞かされるのです。
さあ、おまわりさんの計画の始まりです。

おまわりさんの表情が、最初のパトロールシーンから妖精と出会い、作戦を決行する流れの中で、
公務員的な無表情から、優しいひとりの男性に変わり、また頼もしい警察官の顔になる。
短い絵本の中でおきる変化が物語の芯を太いものにしています。
後書きにも書かれていますが、このお話はもともとの構想は長い長編の物語です。
一つ一つのシーンは全てとてもドラマチックで、
ブランコはどんな風に揺れていたのだろう
ピストルを下げたおまわりさんが、夜の公園でしゃぼん玉を吹くのは、どんな違和感だろう
地下の妖精の国の様子は...
もっともっと細かく描写してもらいたいシーンで溢れている中、一枚ずつの絵で想像を補ってくれるのは太田さんならでは。
統一して使われ続ける紫色と青が、この不思議な物語の空気を作ってくれています。
その色のせいか、個人的に思うのは60年代〜80年代に活躍したドイツの絵本作家、ブックスフーバーとどこか同じ匂いがする作品です。
ドイツの空の色と、長崎の海の色は、
似ているのかな、なんて考えてしまいました。
現実を象徴する存在のおまわりさん。
非現実を象徴する存在の妖精たち。
そしてその二つの世界をつなぐしゃぼん玉。
物語を絵本サイズに濃く濃縮された、そんなしゃぼんの原液のような一冊。
いつか、児童書のボリュームでこの世界を旅したいなと、夢見ている作品です。

Profile

冨樫 チト(とがし ちと)

冨樫 チト (とがし ちと)

本名である。フランス童話「みどりのゆび」のチト少年にちなんで両親から命名される。富士の裾野の大自然の中、植物画と読書と空想の幼少期を過ごす。
早稲田大学在学時よりプロダンサーとしての活動を開始。
舞台演出、振付け、インストラクター、バックダンサーなど、踊りに関わる全てに携わる傍ら、持ち前の遊び心で、空間演出、デザイナー、リゾートホテルのライブラリーの選書、壁画の製作、ライブペイントによる3Dトリックアートの製作など、無数のわらじを履く。
2015年2月、フランソワ・バチスト氏として、住まいのある吉祥寺に絵本児童書専門古書店、「MAIN TENT」をオープン。
氏の部屋をそのまま移動させた小さな絵本屋から、エンターテインメントを発信している。

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