とぶ船

2017年1月31日
「とぶ船」

「とぶ船」
ヒルダ・ルイス
石井桃子 訳
岩波書店

需要と供給
最近よく思うことだ

疑問の始まりはここ
最近お店にいらしたお客様からのある質問

子どもが欲しい本を買ってあげるのがよいのか
その時期に読んだほうがよい本を
勝手に買い与えるのがよいのか

ニーズに応えるのか
こちらから提案するのか

僕個人の経験で言うと
僕が子どもの頃自分で選んだ絵本は一冊もない気がする
小学生の頃にはまった北欧の神話や
ルパン、ホームズ、江戸川乱歩などはおねだりしたり
お小遣いで買ったりしたが
ナルニアやリンドグレーン、ケストナーあたりの児童文学は
気付いたら本棚にあったように思う

最近妹と話してみて
自分たちで選ばなくてよかったね
という意見で一致した
あの頃の自分たちの審美眼では
「ピッピ」や「飛ぶ教室」にさえ辿り着いたとは到底思えないし
「トムは真夜中の庭で」など決して発見出来なかったに違いない
目に入るのは「ゾロリ」や「こまったさん」だった
(もちろん「ゾロリ」も「こまったさん」も欠くことの出来ない素晴らしい名作だけど)
気付いたら家の本棚にあった数々の本たち
それらによって僕は
子どもの時代にしか開けないドアを開け
子どもの時代にしか行けない旅に出ることができた
現実と非現実の境目が曖昧な時期にしか見えないもの
感じられないもの
それらに出会えたことをとても感謝している
(そして何故この「とぶ船」にあの時期に出会えなかったのか残念で仕方がないのだ)

需要に応える
というのはとても大切なことだ
けれども同時に
何十年後に芽が出るのかわからない種を蒔き育てること
例え無駄に終わろうとも
意志を持って種を蒔くことも
失ってはならないと思う

かつて岩波少年文庫の巻末に必ず載っていた名文がある

『一物も残さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向かって伸びていった。戦後、いたるところに見た草木の、あのめざましい姿は、私たちに、いま何を大切にし、何に期待すべきかを教える。未曾有の崩壊を経て、まだ立ちなおらない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社会にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝なのである。 この文庫は、日本のこの新しい萌芽に対する深い期待からうまれた。この萌芽に明るい陽光をさし入れ、豊かな水分を培うことが、この文庫の目的である。幸いに世界文学の宝庫には、少年たちへの温かい愛情をモティーフとして生まれ、歳月を経てその價値を減ぜず、國境を越えて人に訴える、すぐれた作品が数多く収められ、また、名だたる巨匠の作品で、少年たちにも理解し得る一面を備えたものも、けっして乏しくはない。私たちは、この宝庫をさぐって、かかる名作を逐次、美しい日本語に移して、彼らに贈りたいと思う。』

需要と供給
ニーズに応える
ではない
信念を持ち
夢を託し供給する
その精神の上に生まれた本たちは今もなお
多くの子どもたちに愛されている

前置きが長くなったけれど
黙っていても子どもが欲しがるキャッチーなパワーを持つ本だけではなく
子ども時代に是非とも読んでおくべき本
読まなくても困りはしないが
読んだことで世界が広がり
その後の人生を豊かにする本
というものが確かにある

例えばこれだ
「とぶ船」
少年ピーターが
眼帯のおじいさんの店で手に入れた小さなオモチャの船
それは願う場所どこへでも
時空すら越して行ける魔法の船だった
時にはポケットに収まるくらい小さくなり
また時には一個兵団を輸送出来るくらい大きくもなるとぶ船
先端には表紙の絵のように金の猪
この鼻をなでると着いた先の言葉を話せるようになる!
まさに夏休み映画のドラえもんの世界
とぶ船に乗り様々な旅をするピーターと兄弟たち
だがやがてみな大人になり
ついにはピーターも...

僕がこの本を好きなのはこの終わり方だろう
この本が子ども騙しではない所以

一文だけご紹介

「ぼく、忘れたくありません。」
ピーターは、大きな声でいいました。「忘れたくありません。」

そう
あのピッピのラストシーン
ごたごた荘の窓明りを思い出させてくれるような
「せつなさ」をヒルダルイスはちゃんと描いてくれている

児童文学における「せつなさ」は
「いつか終わるこの最高に楽しい瞬間」に対してで
それは夏休みの終わりや
友だちと遊んでいる時に鳴る5時の鐘
そして
いつかは終わってしまうこのかけがえない子ども時代

よい児童文学はいつも
子ども自身が本能的に気付いている感覚
最高に楽しいと同時にいつか必ずこれは終わるのだ
という「せつなさ」を内包していて
それが故に子どもたちと
かつて子どもだったものたちを惹きつけてやまない

「とぶ船」「ナルニア」「ピッピ」
みんなそうだ

「とぶ船」
あの頃確かに使えた
忘れていた魔法を
取り戻させてくれるような
そんな素晴らしい一冊
魔法が使える時期は短い
大人になんか
すぐなれる
大人になるため
ではなく
子どもの今を
のびのび生きて欲しい
そう思う

あなたのポケットにも
とぶ船が入っていた時代がきっと
あるのだ

ヒルダルイス
「とぶ船」
フランソワ・バチスト氏がご紹介致しました

Profile

冨樫 チト(とがし ちと)

冨樫 チト (とがし ちと)

本名である。フランス童話「みどりのゆび」のチト少年にちなんで両親から命名される。富士の裾野の大自然の中、植物画と読書と空想の幼少期を過ごす。
早稲田大学在学時よりプロダンサーとしての活動を開始。
舞台演出、振付け、インストラクター、バックダンサーなど、踊りに関わる全てに携わる傍ら、持ち前の遊び心で、空間演出、デザイナー、リゾートホテルのライブラリーの選書、壁画の製作、ライブペイントによる3Dトリックアートの製作など、無数のわらじを履く。
2015年2月、フランソワ・バチスト氏として、住まいのある吉祥寺に絵本児童書専門古書店、「MAIN TENT」をオープン。
氏の部屋をそのまま移動させた小さな絵本屋から、エンターテインメントを発信している。

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