ゆきになったくまさん

2019年12月26日
「ゆきになったくまさん」

まだ僕がちいさいころ
僕の掛け布団のカバーには
キキララのような男の子と女の子のイラストが描かれていた
キキララと違うのは
キキララがお互い正面を向いているのに対し
その二人はお互いが向き合って寄り添い、目を閉じていたこと

幼い僕はそれを見るたびに、胸の奥になんとも言えない感覚が生まれるのを感じていた
好きか嫌いかで言えば好きなほうの感覚
でもリンゴが好き!ピーマンが嫌い!
というシンプルに体の外に出せる感覚ではなく
肋骨に守られた体の中の
喉の奥の少し先
息を吸うと上がる横隔膜のちょい上
そのあたりに何かちいさなものがごしょごしょっとして
温度がかわる感覚
あれが正確には何だったのかは今もわからないし
言葉にすることで誰かと共有できるものでもない気がする

絵本を読んだときに感じるものも
それと似ている
面白い、明るい、泣ける
昔話、実話、ファンタジー
作者、国、時代、初版、絶版
これはどんな絵本ですか?
と尋ねられたとき、そういう言葉で表現することは難しくないけれど
実際その絵本を読んだときに自分の中にのこるのは
あの日に感じた感覚のような
言葉よりは「温度」に近いもの
その絵本が好きなのは
絵が好き、ストーリーが好きはもちろんだけど
それだけではなく
その「温度」を感じたくて読んだり
積んでおいたり、背表紙を眺めたりしている
特に自分の場合は
もう一度読むわけではないのに
幼い頃読んだ児童書を古本屋で見つけるたびに、買い集め本棚に並べてしまう癖がある
不思議なことに
背表紙を眺めていると、その当時その本から感じた温度を
ちゃんと胸の奥に感じることが出来るのだ

自分の体内におこるちいさな温度変化
それを最近一番感じた絵本
それがこちら
『ゆきになったくまさん』
矢崎節夫 文
小野千世 絵

どこまでが現実で、どこからが非現実なのかわからない
雪の朝のような一冊
物語は...

ある日くまは川で小さな折り鶴を見つけます
誰が流したのだろうと上流に上って行くと
一軒の家に病気の女の子が寝ています
くまは自分の姿を見せては女の子を驚かせてしまうと
小さな葉っぱを一枚
窓際に置きます
葉っぱの手紙
その日から毎日、くまは葉っぱの手紙を窓辺に置きます
眠るときには胸の上に折り鶴をのせ
女の子のことを思いながら寝ます
夏には花びらの手紙を
朝顔の咲くころになると
くまは女の子と遊ぶようになります
くまと女の子は、毎日毎日
日が暮れるまで一緒に遊びます
くまは、こんなに楽しいことは初めてでした
コスモスの咲くある秋のこと
女の子は麓の町に帰ってしまいます
くまは毎日女の子を想い
町にいる女の子のもとへ届くかな
と紅葉の手紙を川に流します
やがて寒くなり、椿が咲く頃
くまはどうしても
どうしても女の子に逢いたくなり
ほら穴を出ます
外は吹雪
前も見えません
駆けて駆けて、いつしかくまは...

特にお気に入りは
女の子と遊んでいるシーン
淡い色で描かれた朝顔の向こう側に見える
くまの背中の愛おしいこと!
くまのフォルムというのはやはり
人間の子ども
特におむつをはいておなかもぽっこり出ている
あの年齢の子どもにそっくりで
それが遊びに夢中になっているときの後ろ姿はたまらないものがあります

読んでいる最中にも
体の中の温度がジワジワと変化していき
最後
雪は冷たいけれど
あたたかい
科学的には証明出来ないかもしれないけど
その感覚は何となく伝わる
そんな不思議な温度に辿り着く一冊
『ゆきになったくまさん』
フランソワ・バチスト氏が、ご紹介致しました

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