ぬまばばさまのさけづくり

2018年6月27日
「ぬまばばさまのさけづくり」

かけただけでダンスが3割は上手く見える魅惑の髪型
ドレッドヘアーをかけるには
それ専用の美容室を探さなければならなかった
時は90年代の終わり
僕が仲間や先輩にきいて探し出したのは原宿のブランコ通りにあった「FLASH」
とにかく痛い、時間が半日くらいかかる、いや俺は2日かかった、半分だけアフロで帰った、ドリルを使う、気絶したやつもいるらしい
など様々な噂を聞き恐れおののきながらも
3万円を握りしめ早朝の人もまばらな原宿駅に降り立つ
電話で聞いた手書きのメモを頼りに辿り着いた先は
美容室のはずなのに外からは中が見えない流石の佇まい
(それどころか当時は鏡もなかった!鏡のない中未知の髪型にされる恐怖ったら...)
お洒落と言われる美容院やカフェは沢山あるけれど
例えば新宿のベルクだったり
鎌倉のミルクホールであったり
それこそお隣のOUTBOUND
高円寺のるすばんさんも
なんというか
自分のこだわりに妥協せずに貫き通した先に生まれた洗練された空間
のみが持つ魅力
ここFLASHもそんなパワーに満ちた場所だった
当然どの店主も曲者で一筋縄ではいかない
FLASHの高野さんはドリルで頭に針金を巻いたり
逆毛を立てたり
三つ編みをしたり
かぎ針で編んだりしながら
色々な話を次々に仕掛けてくる
高そうな自転車を追い抜いた話
音楽の話
羊の毛のオブジェの話
その会話の中で記憶に残っているのが
インターネットについてだ
当時まだWindowsが発売されインターネットが普及し始めの頃で
まだ僕はインターネットが一体どんなもので
それにより世界がどう変わるのかも全く知らなかった
高野さんはかぎ針をくわえながら
「世界から秘密がなくなるってことだ」
と確かそんなことを言っていた
誰でも
どこからでも
あらゆる情報にアクセスすることが出来るようになったんだと
この宇宙の成り立ちから
美味しいカレーの作り方
個人の日記まで
色々な秘密を隠しておけなくなったんだと
その時はへーほーそんなものか
とただ聞いていたものの
2018年
ナルホド高野さんの言っていたのはこういうことか
とたまに思う
そう
秘密はなくなったのだ

「ぬまばばさまのさけづくり」
イブ・スパング・オルセン 作
きむらゆりこ 訳
福音館書店

沼には沼家族が住んでいる
みんなお日様が大嫌い
日が出て来ると
ぬまこぞうは土に潜り
(飛び出している足は人には枯れ木に見えるけど)
ぬまむすめも髪の毛だけ残して潜る
(人間には草むらに見えるけど)
暗くなったらまた出て来て
ゆうやけの赤や
みなみかぜ
ことりのさえずり
などを集め
(本にはもっと色々な材料が載っていますがここでは内緒)
木槌の代わりにぬまこぞうで樽を叩き
鬼火たちを呼んで煮て
(沼の周りに霧が立ち込めるのはこれが理由)
ぬまむすめ髪の毛で酒を濾し
とどめにコガラスのくちばしで樽に栓をする
そうして出来たお酒を飲んだ沼家族は
色々な方法で春を目覚めさせる

一つ一つのエピソードがこれでもかと捻りが効いていて強烈
そんなわけないじゃんと突っ込みたくなりつつも
オルセンの絵を見ているとなるほど
実はそうに違いない
と思えてくるから不思議だ
そして常に絵本中が自然の美しさと
生きることの楽しさで満ちている素晴らしい一冊
出会わずに大人になるなんて
なんてもったいない
「ねえねえ
春はどうしてやってくるの?」
「春が来るのはそう
沼家族がいるから」

知ることはとても大切だが
世の中は知らないことが多いほうがちょっぴり楽しい
真実はとても大切だが
地球が丸いこと
月の満ち欠けの秘密
どうして雨が降るのか
できるだけ大きくなるまで知らなくてよいと勝手に思っている
だって
小さいともだちたちが教えてくれる
「どうして雨がふるのか」のほうが
真実よりも数倍面白かったりするからだ
これも一つの秘密の答え
「ぬまばばさまのさけづくり」
フランソワ・バチスト氏がご紹介致しました

[1968] いちご白書をもう一度

2018年6月15日
[1968] いちご白書をもう一度

 日大事件がまだ終わらない。たかがアメフット部の出来事だったはずが、学生や教職員が発言を始めて、社会的な問題になった。1968年の日大紛争に似てきた、と思われる方も多いだろう。理学部教授が裏口入学を斡旋し、その謝礼の脱税から、日大本部の使途不明金が発覚。学生や父兄、教職員が抗議行動を起こし、「日大闘争」に発展した。

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[1968] いちご白書をもう一度

記事提供:社団法人東京都トラック協会

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