ボクは知っている

2016年11月30日
「ボクは知っている」

「ボクは知っている」
神山ますみ
講談社

さあ

一年で一番楽しい季節のお出ましだ

吐く息は少しずつ白くなり

街はどこもかしこもキラキラ

ショーウィンドウにはこれでもかとプレゼントの箱が並び

子どもたちも心なしかそわそわ

この時季に決まって子どもたちの話題になるのは

そう

サンタクロースの正体

一晩で世界中の子どもたち

(よい子だけ)

にプレゼントを配る謎のおじさん

白い髭をたくわえているらしい

(引っ張って痛いっと言えば本物)

太っているらしい

(どうやって煙突から入って来るの?!)

赤い服を着ているらしい

(もとは緑って噂を聞いたよ!?)

トナカイの引くソリに乗って来るらしい

(9頭全部名前言える?僕は言えるよ!ルドルフ、コメットにプランサー、あと...ダンサーに...えっと...)

たまにこんな子もいる

まだサンタクロースなんて信じているの?

サンタクロースは本当は...

おっとそこまで

まあこういう子にはかの有名な

「サンタクロースっているんでしょうか?」
作 ニューヨークサン新聞社説
絵 東逸子
訳 中村妙子
偕成社

「サンタクロースってほんとうにいるの?」
作 てるおかいつこ
絵 杉浦範茂
福音館書店

を読んでもらうとして

サンタクロースが何者なのかは結局

我々人類が未だに解けない大きな謎の1つなのです

かく言う僕も

一度だけサンタクロースを疑ったことがあって

あれは中1の頃だったかな もしかしてサンタクロースはあのひとたちなんじゃないかと

みんなと同じように疑ぐり

よし

夜遅くまで起きてサンタクロースの正体を突き止めてやろう

と子ども部屋で息を潜めていたのです

多分2時位まで粘って

結局そのまま寝落ちしてしまったのですが

事件は朝起きます

我が家のクリスマスは

20歳になるまでクリスマスが祝えるようにと家の裏に両親が植えてくれた20本のモミの木を

毎年1本ずつ室内に飾って(1番てっぺんの星を飾るのだけは父親の役目でした)

クリスマスの朝にはそのモミの木の下にプレゼントがある習わしでした



その年の朝もいつもより早起きした僕はいそいそと薪ストーブの傍にあるモミの木の下を見に行ったのです

(両親はまだぐっすり寝ていました)



そこにあったのは明らかに妹のものと思われるプレゼント1つだけ

昨日スヤスヤと早めに寝た妹

やめなよ

サンタさん来ないよ

と忠告してくれた

妹のプレゼントしかなかったのです



ツリーの周りをトラのようにぐるぐる回り

隅々まで調べましたが

やはりプレゼントはありませんでした

どうしたって?

いや

もう部屋に帰ってベッドでさめざめと泣きましたよ

ああ自分はなんて馬鹿なことをしたんだと

サンタさんは疑う心を持った僕を見ていたんだって

そして

不思議なことはここからで

やっと起きて来た家族が

ふて寝している僕の様子に気付いて

どうしたんだ珍しいなと

クリスマスの朝なのに

いつもなら真っ先に起きてプレゼントを見せに来るじゃないかと

でもでも

プレゼントはないわけで

今年は僕にはプレゼントはないんだ

とかぶつぶつつぶやきながら

ふてくされた顔でツリーの前を通ると...

あるのです

さっきは確かに無かった

あの場所にプレゼントが2つ

妹のプレゼントの隣に

それより一回り大きな僕のプレゼント

サンタクロースが上空で片目をつぶったのを見たような気がする出来事

あれ以来

僕はサンタクロースを疑うことをやめました

さて

この本はやはりサンタクロースの正体を知ってしまった男の子のおはなし

サンタはあの人と同じ眼鏡をかけていた

あのつつみはあの人が会社帰りに持っていたのと同じだ

プレゼントだってあの人におねだりしたものと一緒!

証拠は続々と集まります

そう!

つまり...

ここからこの男の子が導き出す答えが

最高なのです

やられた

そうだよな

そうなんだよな

とおでこをピシャリとしたくなる

目から鱗の極上の結末

数あるクリスマス本の中でも最高に粋な一冊

神山ますみ

「僕は知っている」

フランソワ・バチスト氏がご紹介致しました

自然派ワインの造り手
「ジャン・マルク・ラフォレ」

2016年11月18日
自然派ワインの造り手 「ジャン・マルク・ラフォレ」

11月の第3木曜日はボージョレ・ヌーヴォーの解禁日!最近ではペットボトルのヌーヴォーの登場などで価格もお手頃なものも見られるようになりましたが品質はどうかと聞かれれば僕は黙ってしまいます・・。そんなヌーヴォーを飲んでしまうから「ボージョレ・ヌーヴォーなんて別に・・・。」なんていう人が増えてしまうのではないかと思っています。
ナチュラルで品質重視で造られたヌーヴォーはホントに美味しくてしかも熟成させてもおいしいです!是非機会があったらお試しくださいね!
今回はホントに美味しいヌーヴォーの造り手「ジャン・マルク・ラフォレ」をご紹介致します!

ラフォレ家では伝統的な収穫を大切にしている。伝統的な収穫とは収穫人がフランス中、いやヨーロッパ中から集まってきて2週間は、合宿生活をするパターン。朝昼夕の食事から寝起きまでを共にする。2週間後にはほとんど家族のような関係になる。
この収穫期間中に巡り会って結ばれるカップルも多い。フランス社会学的にみても、この葡萄収穫でフランス中の血統が混合された、と云う話しを学者からきいたことがある。
この伝統文化が消えつつある。

なぜかというと2週間も朝昼夕の食事を準備する人、普通は蔵元の奥さん。そんな仕事を引き受ける奥さんが少なくなった。
次にフランス労働法が厳しくなって、従業員とみなして2週間でも滞在する場所(部屋、トイレ、シャワー部屋)など設備の検査がうるさくなったこと。
そして単に葡萄を収穫するという作業のみを重視して、近隣の人、もしくわ、今はスペイン人、ポーランド人などの出稼ぎ専門紹介人に依頼すれば、グループでやってきて勝手にテントやキャンピングカーで自給自足して一切面倒みなくてもよいシステムが存在している。蔵元から見ればこの便利なシステムを利用するところが増えた。
最近の醸造元は、単に素早く葡萄を収穫して、発酵槽に入れれば、よろしい。機械的に考える蔵元が多くなってきた。収穫人も単なる、お金、給料をもらうだけでよい。

ワインの原点である素材(葡萄)を収穫する人達が、楽しく、喜びの心を持って収穫された葡萄を仕込むことは実に大切。収穫人が急かされて、ストレス一杯の状況下で収穫された葡萄と前者の葡萄は、同じ熟度でも同じであることはない。美味しく感情まで伝わってくるようなワインを造る醸造家の収穫は、実に穏やかで楽しそうでかつ精度の高い収穫をしている。これらの醸造家は常に収穫人の感情を大切にしながらも、精度の高い収穫をしてもらうように心がけている。

ラフォレ家の収穫はフランスの典型的な収穫文化を今も続けている。この歓喜、感情は葡萄、自生酵母に伝わる。ラフォレ一家の収穫人の中には、もう30年も毎年やって来る人達、20年前よりの人、10年前より、数年前より新人と、年齢も若手から70歳ぐらいまで入り混じって2週間一緒に過ごす。ベテラン収穫人達が収穫の技術的なこと、(腐った葡萄を入れないことなど)、また若手を元気付けたりハッパをかけたり、笑わせたり雰囲気づくりをやってくれる。本当に2週間後には皆ファミリーになっている。収穫が終わって帰るときは皆涙ぐんで分かれを惜しむ程になる。だから、来年もまた来ようと思う。収穫後も皆、家族のように付き合っている。これが伝統の収穫文化だ。

収穫は単にワイン造りだけではない。ワインと共に"喜び"というか、ポジティフな波動のようなものを造りだしている。こんな環境の中で収穫されたワインは美味しいに決まっている。



BioWine_sub5 ラフォーレ・ファミリー紹介まず最も大切な人、超働きものお母さんマルティーヌ。
このお母さんが30人分の朝昼夕の食事の準備、その他の面倒をみている。
皆のお母さんだ。三つ子の子供を育てた三児の母。美味しいワインの影には、素晴らしい女性がいることが多い。


BioWine_sub4 お父さんのジャン・マルク
この人も超働き者。毎月、パリのビストロ、レストランに配達をしている。パリのビストロでも人気者。今年から正式には引退して息子達に譲ったにも関わらず、全く変わらずにまだ第一線で働いている。ジッとしていられないお父さん。


BioWine_sub6 三つ子の一人、ピエール。
主に醸造を担当している。静かな性格。
ワイン学校を出てお父さんについて、ワイン造りを学んだ。
今年からは、このピエールがワインを造っている。
お父さんとは、違った感性をもつ。


BioWine_sub7 主に葡萄園を担当しているトーマ。
収穫中は、殆ど収穫人と行動を共にしている。




一家団欒の夕食。
夕食後は皆で歌を唄って、楽しいひと時を共にする。

BioWine_sub8

この中には、夏のバカンスをとらないで、この収穫時に合わせてバカンスをとってやって来る人が多い。
彼らにとっては、単なる収穫ではない。
親戚に逢いに来るような感覚。

こんな風に、喜びの中で収穫された葡萄を仕込んだワインは、美味しいに決まっている。
単に美味しいを超えた何かを備えている。

青春の一閃のきらめき 高倉健三回忌

2016年11月17日
青春の一閃のきらめき 高倉健三回忌

 高倉健さんが亡くなってちょうど2年。11月10日は3回忌を迎える。
 1960年代の「網走番外地」の純粋で美しい健さん。つづく「昭和残侠伝」シリーズの鮮烈な一閃の輝きに、自分の青春のきらめきを重ねて思い出される方も多いだろう。
 60〜70年、安保闘争の渦中、革命を叫ぶ若者たちは義理人情の任侠映画を強く支持した。警官に追われた学生は「唐獅子牡丹」深夜上映中の映画館に逃げ込んだ。

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【 青春の一閃のきらめき 高倉健三回忌 】

記事提供:社団法人東京都トラック協会