ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん
ザ スピリット ジム バンゲリングベイ 駒沢

2014年4月28日

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今回は、駒沢にあるジム「THE SPRIT GYM(ザ スピリット ジム)」にお伺いし、このジムをプロデュースされている元格闘家のニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さんにお話しを聞きました。

地域の人

ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん

1973年デンマーク生まれ。17歳で空手修行のために来日し、極真会館総裁・大山倍達の内弟子となる。1998年にプロ格闘家に転身し、2001年K-1 JAPAN GPで優勝。2003年、自身のプロデュースするTHE SPIRIT GYMを開設。若手選手の育成のみならず、一般初心者向けのクラスなどまで幅広く提供している。

ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん ――空手家・格闘家として活躍されてきたニコラスさんですが、そもそも武道に興味を持たれたのはなぜだったのですか。
10代前半の頃、僕は運動も苦手でケンカも弱かったんです。それが嫌で。そんなときに出会ったのが空手で、自分の中ではじめて燃えるような気持ちを感じたんです。17歳のとき、日本で空手の修行ができるということを聞いて、すぐに高校を辞め、お金をためて来日しました。その時は「内弟子」というものが何なのかすら知りませんでしたし、正直にいうと、実は大山倍達先生がご存命だということも知りませんでした。今のようにインターネットもなかったので情報は何もなく、とにかく「空手ができる」ということだけに飛びついた形でしたね。


――来日されてから23年と伺いましたが、もともと、日本でビジネスをされる予定はあったのですか。
全くありませんでした。最初は、空手の修行をして3年で帰るつもりでしたから。最初にジムをはじめたのも、知人が持つビルのフロアがたまたま空いていたことがきっかけでした。しかも当時は、プロの格闘家になりたい人を集める場所であって、一般に向けてビジネスをする気はありませんでした。何より、格闘技を直接仕事にすることに抵抗があったんですよね。今の僕を作ってくれたのは他でもない格闘技であって、格闘技を心から愛していましたから。

ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん ――その後、格闘技ではなく「クロスフィット」を中心とした一般向けのプログラムをスタートされたわけですが、まずは「クロスフィット」とは何か、教えてください。
日本ではまだほとんど知られていませんが、「クロスフィット」とは、簡単に言うとフィットネスをスポーツにしたものです。ボディビルのように「見せる筋肉」ではなく、日常生活の中で「使える筋肉」を総合的に鍛え、自分の身体能力を最大限に活かしていくためのプログラムですね。「クロスフィット」のいいところは、年齢や性別はもちろん、身体レベルに関係なく取り組めること。趣味の範囲で楽しんでもいいし、アスリートとして世界大会を目指すこともできます。その自由さが魅力ですね。


―「クロスフィット」に出会ったきっかけは何だったのですか。
今から6年ほど前、僕は事故で左足にもともと入っていた人工の股関節を折し、そのリハビリに苦しんでいたんです。そのときに紹介されたのが「クロスフィット」でした。いざやってみるとメソッドがとてもわかりやすく、圧倒的にハマってしまって。元格闘家としての立場から見ても、理想的な身体の動かし方でした。結果的に、それまで思うように進まなかったリハビリにもつながり、また体が動かせるようになりました。あの時は本当にうれしかったですね。その時にこの「クロスフィット」を、もっといろんな人に知ってもらいたいと強く思ったんです。

ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん ――今後、このTHE SPIRIT GYMの活動を、どんな風にしていきたいとお考えですか。
まだ「クロスフィット」を日本でできる場所が少ないので、数年以内にもっとたくさんの店舗を展開していきたいと思っています。今既に、2店舗目の出店を準備中です。目下の課題はそれを任せる人材を育てることですね。僕は何事にも徹底的にやらないと気が済まない性格なので、他人から見るとついていけないところも多いらしく、少し苦労しています(笑)


ニコラス・ぺタス(Nicholas Pettas)さん ――最後に、ご自身の活動を通して、一番伝えていきたいことを教えてください。
今の日本には、まだまだ「愛」が足りないと思っています。ものごとを動かすのは全て愛の力ですからね。僕が空手をはじめたのも、日本にきて格闘技に取り組んだのも、今クロスフィットを教えているのも、原動力となっているのは全て「愛」。それさえあれば行動に移せるし、そうしてがむしゃらにやっていけば、必ず見つかる何かがあるはずです。武道や格闘技を愛して30年取り組んできたからこそ、今僕はジムで身体の動かし方や鍛え方を人に教えられる。それが本当に幸せです。だから若い方は特に、自分の好きなことを見つけてそれをとことん追いかけて欲しいと思います。


新潟のコシヒカリはコシヒカリじゃない!? 第5回

2014年4月27日
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宮城県の有名な品種に「ササニシキ」があります。栽培が難しいのと、需要が低迷しているために、年々栽培量は減っています。ただ、コシヒカリのような粘りが強くないために寿司米には好まれる品種でもあります。そして、たんぱく質の含有量なのか科学的根拠は証明されていませんがアレルギー体質の方に好まれる傾向があります。

しかし稲は倒れやすく、いもち病に弱い、気象被害も受けやすいという短所は被害を受ける年を多発させました。そこで平成6年「ササロマン」という品種が登場します。じつはこれは「BLササニシキ」なのです。ただ従来ササニシキの需要が落ち込んでいる中での登場でしたので、販売不振に陥り現在ではほとんど栽培されていません。新潟の「BLコシヒカリ」と明暗を分ける形になりました。

そもそもなぜこのように様々な品種が改良され、新品種が増え続けているのでしょうか。
それは、生産効率と食味が向上しても、私たち日本人がお米を食べなくなったのが最大の理由だと思います。農水省のホームページで日本人の一人当たりのお米の年間消費量を調べると、昭和35年は115kgでしたが、平成15年は59.5kgに減少していると出ています。最近では、パンの購入代金がお米の購入代金を上回ったといったニュースがありました。
なぜお米を食べなくなったのか、戦後の栄養改善運動やフライパン運動、経済発展が最大の理由とされています。お米を食べると「太る」や「バカになる」などの間違った情報が蔓延し「頭脳パン」といった奇怪な商品まで登場しました。

その結果、欧米化されたカタカナ料理が増え、いまや日本国民の4人に1人が予備軍含め生活習慣病です。減反政策により価格の安定や余剰米を出さないようお米は生産調整されていましたが、今後5年かけて廃止すると先日政府が発表しました。日本の歴史上、政府がお米を管理しない農業政策は初めてではないでしょうか。業界では価格の暴落と生産農家の激減が懸念されています。

近い将来、世界人口の増加や異常気象により食糧難が訪れると試算されている事も考えると、少しでも日本人が日本のお米を中心とした食生活に戻ることができればグローバルな社会問題に巻き込まれず、付随した国内問題も解決しそうです。そのためにも生産者は消費者のニーズに合わせお米を栽培し、今までにない価値観で地域性を色濃く出す試みに力を入れ、品種だけで勝負するのではなく栽培技術で勝負してもらいたいと思っています。

カラスノエンドウのバター炒めを食べてみました

2014年4月25日

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山菜の季節です。コゴミ、タラノメに始まり、モミジガサ、ヤマウドから初夏のワラビまで続きます。身近なところでも野生のセリ(タゼリ)、ヨモギ、アケビ(つるの芽)、ノビルなどがあります。

近所にカラスノエンドウが大繁殖していて、図鑑をみると食べられるとあるので、サヤエンドウになるのを待ってバター炒めを作ってみました。

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