Tokyo Kids Photo 代表 吉川優子さん

2013年5月30日

Tokyo Kids Photo代表吉川優子さん

今回は、子供や家族をテーマに写真撮影やワークショップをおこなっている「Tokyo Kids Photo」代表の吉川優子さんにお話を伺いました。

地域の人

吉川 優子(よしかわ ゆうこ)さん

吉川 優子(よしかわ ゆうこ)さん

1983年生。国際基督教大学卒業。光学機器メーカーの広報・IR部に在籍中、双子を出産。待機児童問題に直面し、会社を退職。その後外国人カメラマン事務所「Tokyo Kids Photo」を設立、代表となる。2011年9月にカメラマンのBrian Scott Petersonと写真で行う東日本大震災の被災地支援「非営利団体PHOTOHOKU」を設立。

Tokyo Kids Photo代表吉川優子さん ――「Tokyo Kids Photo(東京キッズフォト)」について教えて下さい。
「Tokyo Kids Photo」は、2010年に、子供を中心とした写真撮影と、子供に写真の楽しさを伝えるワークショップの2つのテーマで活動する、外国人カメラマンだけのフォトエージェンシーとして設立しました。

――「Tokyo Kids Photo」を一緒に立ち上げたオーストラリア人のネイサン氏に出会うまで、どのような経緯があったのですか。
ヴォーグなどのファッション雑誌のカメラマンだったネイサンに出会ったのは、前職のフリーペーパーの制作会社で働いている頃です。彼も、この制作会社のオフィスと同じ建物に、カメラマンとしてオフィスを構えていたので、一緒に仕事をする機会もありました。
しかし、この制作会社がなくなり、仕事探しをしなければならなくなった時、彼が一緒に仕事をしようと声をかけてくれました。その当時、私も彼も、お互いに子供がいて、子供を撮りたいというネイサンの強い思いも素直に受け入れることができたので、迷わず一緒に「Tokyo Kids Photo」を立ち上げることに賛同しました。
もともと外国人と日本人をつなげることに興味があったので、ネイサンと一緒に「Tokyo Kids Photo」の活動をすることも躊躇なく始められました。


――一緒に「Tokyo Kids Photo」を立ち上げたネイサン氏は、今はオーストラリアに帰国されたとお聞きしましたが。
急遽ネイサンが自国のオーストラリアに帰国することになって、正直この先一人で続けられるかどうか悩みました。でもネイサンと一緒に働いてきたことは、自分の中でも楽しかったですし手応えも感じていたので、代表になって「Tokyo Kids Photo」を続けて行こうと決めました。

――お1人で運営するのは大変だったと思いますが。
運営については知らないことばかりたったので、まずは世田谷区の起業支援の無料相談に行きました。そこで相談するうちに、今までは、どうやって運営するのかということばかり考えていたのですが、「折角企業するのであれば、本当にやりたいことをしないと続かないし、まずはどうして起業したいのか「Why」の部分を考えないと」と、担当の方にアドバイスを頂き、何度もこれからの「「Tokyo Kids Photo」」の方向性について考えました。
どうして「子供の写真を撮る」仕事をやりたいのか繰り返し考えるうちに、いつの間にか「世界平和」という言葉にたどり着きました。その言葉が出た時は思わず笑ってしまいましたが、でもその次の瞬間涙が溢れてきて、その為なら起業してでもやりたいなと思いました。

img03.jpg ――吉川さんが考える平和な世界とはどんな世界ですか。
やはり、今の自分の軸には子供の存在が大きく、幸せであって欲しいと日々感じています。その子供が幸せである為には、両親の仲が良くて家族が幸せであるはずだし、その親が幸せである為には、生き生きと働ける社会があって欲しいと。だから世界平和の為の初めの一歩は、家族が平和であることかなと思っています。



――「Tokyo Kids Photo」が、写真を通して家族が幸せになるために行っている活動についてお聞かせ下さい。
アメリカで生活した時に、現地の方の愛情表現がとても豊かなことにカルチャーショックを受けたことがありました。その中でも、家やオフィスに家族の写真を飾っていたのが印象的でした。そうやって普段から自分の写真が飾られているのを目にすると、子供も親からの愛情を感じるだろうし、逆に親も可愛い自分の子供の写真を見て、愛しさを再確認できると思いました。
それから、私自身が飾りたくなる写真って何か考えたとき、やはり子供の姿が自然体で、少しアートなものや、体験や思い出が蘇るようなものだったら、一生の宝物になっていいなと思いました。「Tokyo Kids Photo」のカメラマンは外国人なので、体験や思い出づくりとしては、とても強烈なインパクトを与えていると思います。それもあってか、定期的に撮影を依頼して下さるリピーターの方も多いです。


Tokyo Kids Photoワークショップ ――ワークショップでは、どんなことを行っているのですか。
これまでに開催したワークショップには、実際に子供達が、カメラマンやスタイリスト、モデルになって撮影するワークショップや、「フォトドローイング」といって、300枚くらいの写真をチェキで撮り、大きな背景としての絵に写真を切り貼りしていく、コラージュのワークショップなど、季節毎にワークショップを開催しています。


Photohoku(ふぉとうほく) ――「Photohoku(ふぉとうほく)」というプロジェクトも行っていらっしゃるそうですが。
これは、震災を機に被災地の方へのチャリティーイベントとして始めたものです。当時余震の残る不安定な時期に、東京で家族写真を撮りましょうと呼びかけ、その時頂いたお金を被災地の方へ寄付しました。呼びかけは成功し寄付
金を送ることができたのですが、でも何処かで、家族写真を撮って喜んでもらって、それをお金にすることに疑問を感じていました。
このイベントを通して気がついたのですが、やはり被災地への支援は、イベントという一時的なものではなく、最後まで責任を持って続けられることがいいなと思いました。それ以来、自分の手でご本人に撮った写真を渡して、実際に反応を見るために、毎月被災地を訪問しています。
今月で24回目の訪問になりますが、毎回新しい場所で新しい方を撮るだけでなく、以前撮影した方が転居した先まで伺って撮影したりもしています。


――「Photohoku」を含めた、「Tokyo Kids Photo」のこれからの夢やメッセージをお聞かせ下さい。
「Tokyo Kids Photo」も「Photohoku」も、一貫してやってきたことは写真を使って幸せになるお手伝いです。 そしてこれからは、子供だけではなく家族という単位をテーマに、お医者さんで言うところの町医者のような一生お付き合いができるカメラマンを目指して活動したいと思っています。
「Photohoku」は、いつも毎回訪問するのが楽しみで、訪ねた先に、どんどん大切な人が増えて行くことをいつも嬉しく思っています。今のところ仮設住宅は3年で閉鎖されるという話なので、その間は続けて行こうという目標がありますが、その後でも頻度は少なくなると思いますが、訪問し続けて七五三やご結婚のときに新しいアルバムを作って、家族の幸せを形にし続けていければと思います。


BIOワイン、自然派ワインについて〜その5〜
マルセル・ラピエール

2013年5月29日
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それでは、"自然派ワイン"と呼ばれているワインについて。
一般的に自然派ワインと云えば、ジュル・ショーヴェ博士の系列からでたマルセル・ラピエールの存在が象徴的である。アソシアッション・ヴァン・ナチュールとういう組織を造っている。そこから、カトリーヌ・ブルトンやワインジャーナリストのシルビー・オジュロなどが旗を振って最大の自然派ワイン組織となったディーヴ・ブテイユがある。

これらのグループが何故発生したか?その理由には歴史的に共通した点がある。その共通点を説明することで自然派ワインの概念を浮き彫りにできる。

大量生産の近代農業化の必要性により60年代より、除草剤の使用が始まって、70年台では化学肥料、殺虫剤など諸々の化学物質がフランス中の畑に撒かれた。土壌はそれらの化学物資を消化できず疲労している。土壌中のミミズや微生物も死にたえてしまっている。葡萄木はそんな土壌でも天の恵みを受けて葡萄を造り続けている。しかし土壌や葡萄木は化学物質に汚染されて、今までのような糖と果実味、酸のバランスをもった健全な葡萄を収穫できなくなってきてしまった。
もっと、決定的なのは葡萄園に住む微生物の一つでもある自生酵母が存在しなくなってしまったことだ。
例え生き残っていても、除草剤や殺虫剤で弱りきっていて、収穫した葡萄を醗酵槽に入れても醗酵が思うように進まないという状況になってしまった。

80年台に入って醸造学の発達によって、上記のマイナス部分を補うような対応策が色々開発された。
酵母は人工酵母が開発されて、香り付けまでできるようになった。濃縮度が足りなければ、遠心分離機で濃縮する機械まで開発された。酸がなければ酸を足し、糖が足りなければ糖を足し、まるでコーラを造るように。
そんな、工業製品のようなワインが氾濫した80年台の後半ごろから、こんな状況を良しとしない醸造家たちが出現してきた。
丁度、その頃マルセル・ラピエールがジュル・ショーヴェ博士と知りあった。ジュル・ショーヴェはパストゥール研究所のブラション博士(ノーヴェル賞受賞者)と微生物の共同研究をやっていた人物だ。
ジュル・ショーヴェの実家はボジョレのワイン商、ワイン造りにも携わっていた。微生物の科学者でもあった彼は、今の化学物質漬けになったワインをもっと自然に造れないか?と研究をしていたのである。
そんな時期に、若きマルセル・ラピエールがジュル・ショーヴェに知り合った。 マルセル・ラピールもお父さんから葡萄園を引き継いで、醸造学校で習った通りに除草剤を撒いて、肥料も使って、当時の最先端の近代農業技術を駆使してやり始めたけど、どうも畑の状態も良くないし、ワインも思うように美味しくならないので悩んでいた時期だった。

ジュル・ショーヴェの話を聞いて、自分の疑問が解けた。ジュル・ショーヴェは微生物の科学者だ。彼はワインを造る自生酵母の重要さを良く知っていた。ワインのその土地独特の微妙な風味を出すのはその土地に住む自生酵母であると説いた。その自生酵母を生かす為には、その土壌の微生物を活発にさせなければならない。だから、除草剤や殺虫剤など化学物質を畑に撒くことは、ワイン造りに最も重要な自生酵母を殺してしまうことである。
こんな話を聞いたマルセルは開眼。醸造学校で習った最先端農業技術を放棄した。除草剤を辞めて再び畑を耕し始めた。しかし、自分のお父さんがやっていた方法に戻しただけだったのだ。

万能の主食「オートミール"燕麦"」

2013年5月29日

万能の主食「オートミール 万能な主食として、常備され、道産子のわたしは幼いときから朝ごはんに食べていました。今でもオートミールのミルクポリッジ(甘味には蜂蜜をかけて)は大好物です。

さて、日本語では"燕麦"といわれますが、鉄分とビタミンB1、食物繊維が豊富、他の食品と組み合わせるとぐーんと効果があがる麦です。ミューズリー、グラノラはもちろん、ご飯を炊く時に混ぜたり、スープの仕上げにパッといれてもおいしい。サラダにも軽くトーストしたオーツをパラッとかけたり、揚げ衣につけたり、ハンバーグなどのつなぎに。寒天やくずの代わりでスイーツに使ったりもします。

ドイツやオランダのビオスーパーでは、牛乳の代替品として、オーツミルクというのが売られていて美味しいです。
ちなみに日本でみかけるオートミールのパッケージで一番おしゃれなのは、札幌に本社のある"日食"さんの缶だと思います。唯一国内で北海道産のオーツを扱っています。


今日は、朝食の時間がもてない、シリアルを食べるだけなのに時間がない!
そういう時に、手軽に携帯もできるバーがあると便利ですね。オートミールで出来たシリアルバーを手作りします。

いちごのフラップジャック(英国のレシピ)

[ 材料 ] A B
いちご10個
オートミール 200g
スライスアーモンド 20g
白ごま 15g
バター 100g
ブラウンシュガー 75g
メープルシロップ 75g
ダークチョコレート 75g
バター 25g

【作り方】

① Aのいちごをボウルの中でマッシュしてオートミールをいれる。
② Aの他の材料を小鍋に入れて弱火でよく溶かす。
③ ②が溶けたら、ボウルに入れてザックリと混ぜ合わせる。
④ オーブンシートを敷いた天板に広げて厚さを均等にしっかりプレスする。
⑤ 170℃で25分焼く。
⑥ 冷めたら、Bを小鍋に入れてとかしたものを、表面につけて平にうすく伸ばしながら塗って表面をキレイにし、冷めたら温めたナイフで12等分して切り分ける。

※密閉容器に入れて冷蔵庫で保管すると長持ちします。バターを有機パームショートニングにしても作れます。

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